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牛肉の歴史

日本では645年に牛馬を生贄(いけにえ)にした例(「日本書紀」皇極天皇元年)などもあります。また天武天皇5年(675年)4月17日(旧暦)のいわゆる肉食禁止令(「日本書紀」)で、4月1日(旧暦)から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(ウシ・ウマ・イヌ・ニホンザル・ニワトリ)の肉食を禁止されていました。
戦国時代にはキリスト教イエズス会の宣教師、キリシタン大名をはじめ松永貞徳著「慰草」(慶安5年)によると京都などでもひろくワカ(ポルトガル語Vaca)として牛が食べられていました。
豊臣秀吉は小田原攻めの時、高山右近、蒲生氏郷、細川忠興とともに牛を食べています。
江戸時代の元禄3年(1690年)彦根藩は「牛肉味噌漬」を「薬喰い」として作り売っていました。
健康増進や病人の養生(健康回復)のために食用されていましたが、食用家畜として飼育されている牛はほとんどなかったことから、極めて高価な「薬」であったそうです。
井伊家は毎年徳川将軍家と徳川御三家(名古屋、和歌山、水戸)に「牛肉味噌漬」などを献上していました。また、同時代には牛肉の栄養に着目、寒い時期に乾肉を生産していました。江戸ではももんじ屋などで食べるようになりました。
本格的に牛肉が食べられ始めたのは、明治の文明開化以降であり、牛なべ屋(すき焼き)が流行しました。また、1872年(明治5年)1月24日、明治天皇が牛肉を食べたといわれています。
この日本での牛肉事情ですが、国産牛肉が一頭ずつ大切に肥育する飼育方法が長らく取られていたため、従来は豚肉よりも高価な肉とされていました。
しかし1991年4月からの牛肉の輸入自由化によって日本国外から安価な牛肉が入ってくるようになったため、家庭の食卓に頻繁に上るようにもなっています。
日本各地の豚肉消費量は一定ですが、関西地方は牛肉の一世帯当りの購入額が多く、その分「魚」が少ないです。
なお、関西では、「肉」といえば牛肉の事を指します。ちなみに、牛肉の消費量が最も多いのは和歌山市です。

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